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広島高等裁判所岡山支部 昭和28年(う)71号 判決 1954年10月12日

本籍並住居 倉敷市生坂二一三一番地

農業 目黒次郎

大正二年七月六日生

本籍 岡山県邑久郡朝日村大字西片岡二四八四番地

住居 岡山市厚生町一丁目二一番地

理髪業 浮田正公

昭和六年四月二十日生

本籍 岡山県児島郡甲浦村大字郡無番地

住居 同県都窪郡茶屋町大字帯江新田二〇一番の一地

備前興業株式会社茶屋町工場寄宿舎

工員 岡輝雄

昭和五年二月十日生

本籍 同県吉備郡生石村大字下土田二一〇番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋工場寄宿舎

工員 湯浅暁昭こと 湯浅堯昭

昭和四年五月三日生

本籍 同県児島郡灘崎町大字彦崎二九〇〇番地

住居 同所二九〇一番地

工員 片山光治

昭和四年七月八日生

本籍並住居 同県都窪郡茶屋町大字帯江新田一七五番の一地

工員 日笠勝雄

昭和六年十一月二十日生

本籍 同県同郡茶屋町大字帯江新田一四二番の二地

住居 同町大字新田五丁目三四二番地の二

工員 日笠誠一こと 日笠誠吉

大正六年九月二十九日生

本籍並住居 倉敷市早高二〇八番地

工員 高橋重夫

明治四十二年五月六日生

本籍 倉敷市中畝三〇九番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋町工場寄宿舎

工員 平松香代子

昭和六年七月三日生

本籍 鹿児島市宇宿町四二四番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋工場寄宿舎

工員 浜田ノブ子

昭和三年十二月一日生

本籍 同県口郡大島村大字大島中二七五八番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋町工場寄宿舎

工員 今城隼子

昭和三年十二月三日生

本籍 同県都窪郡茶屋町大字帯江新田一六一番の三地

住居 同町東本町四丁目

工員 川上サガミ

大正六年九月十五日生

本籍 同県御津郡牧石村大字金山寺七五一番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋町工場寄宿舎

工員 吉田純子

昭和六年八月六日生

本籍 同県都窪郡豊洲村大字高須賀二二〇番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋町工場寄宿舎

工員 三宅政子こと 三宅正子

大正八年二月二十六日生

本籍 同県勝田郡植月村大字植月北一三二五番地

住居 前記備前興業株式会社茶屋町工場寄宿舎

工員 水島仲代

昭和三年六月十五日生

右の者等に対する暴力行為等処罰に関する法律違反、住居侵入被告事件について、昭和二十七年十二月二十三日(但し被告人水島仲代については同二十八年一月十六日)岡山地方裁判所刑事第二部が言渡した判決に対し検事及び被告人平松香代子、同浜田ノブ子、同今城隼子、同川上サガミ、同吉田純子から夫々適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検事渡辺礼之助出席の上、審理を終り次の通り判決する。

主文

原判決を破棄する。

本件を岡山地方裁判所に差し戻す。

理由

本件各控訴の趣旨は、検事鈴木知治郎作成名義の控訴趣意書、弁護人平岡義雄作成名義の控訴趣意書、同名和駿吉作成名義の控訴趣意書補充書各記載の通りであり、検事の控訴趣意に対する答弁は弁護人平岡義雄作成名義の答弁書記載の通りであるからここに夫々これらを引用する。

平岡弁護人等の控訴趣意について

先ず論旨は被告人五名の住居侵入の有罪部分について原判決には判決に影響を及ぼすことの明かな事実の誤認があるという。これを要約すれば同被告人等には住居侵入の故意がなかつたのであつて、同被告人等が相賀文之介の母辰野の拒否するのも構わず相賀方の邸内に侵入したことはないというにある。よつて検討するに、原判決が被告人平松香代子、同浜田ノブ子、同今城隼子、同川上サガミ、同吉田純子の五名に対し夫々住居侵入罪が成立するものとして罰金刑(但し執行猶予)に処したことは原判決書に徴し明かである。そして記録を精査するに、右五名の被告人が原判示の日時に相賀文之介方の玄関東側にある枝折戸から中庭に這入つたことは、同被告人等の原審公判調書中の各供述記載、検察官に対する中桐ヒロ子の供述調書等によつて認められ更に原審証人相賀辰野の尋問調書中同人の供述として

「私は納戸にいたが気に掛るので外の様子を見ると、中庭に這入る枝折戸が開きかけていたので、又外に出てその枝折戸を内側から押していた。その時は外側からも大勢枝折戸を押していたが私は其処から這入ることは固くお断りするといつて、内側から押して開かないようにしていた。その時枝折戸の閂がはずされていたが私はそれをはめる間がなく押していた。そうしていたら枝折戸の下の方が腐つていて、こわれかけたので私も覚悟をして其処を放つておいて座敷に這入つた。枝折戸を押している時、其処から這入るのを断るということは私は何回も言つたように思う」旨の記載。原審証人藤原一枝の尋問調書中同人の供述として「おばあさん(辰野のこと)は中庭に這入つては困るというようなことを言つていた。おばあさんがそう言つたのは誰もまだ中庭に這入らないときであつた」旨の記載等を綜合すると、右被告人等は文之介の母辰野が拒否するのにも拘らず敢えて中庭に侵入したことが認められるから、住居侵入について故意がないとはいえない。更に所論はたとえ前記五名の被告人が右辰野の拒否するのも構わず相賀邸内に這入つたとしても佐藤シズヱが邸内に這入つたことがきつかけとなり、同被告人等は後から這入つたに過ぎないのであつて、拒否された当事者ではないから住居侵入罪は成立しないというにある。しかし原判示の証拠によると、同被告人等は辰野によりその中庭への侵入を拒否された者であることが窺われ、しかも前段認定の如く、同被告人等は辰野の拒否するのを認識しながら、敢えて中庭に這入つたことが認められるから、同被告人等について住居侵入罪の成立を妨げるものではない。論旨は理由がない。次に論旨は目的は陳情にあつたのであるから邸内に這入ることについては正当な理由があり、不法でないと主張するからこの点について判断する。凡そ労働争議において団体交渉権が認められ、組合員の集団の威力を行使することが許されているとはいえ、それは労働争議の当事者間にのみおける問題であつて争議に関係のない第三者(特に争議会社の重役の家族)に対し集団の威力を示してこれを威怖せしめ、或は同人の私宅に被告人等を含む百四、五十名の組合員が大挙して出向き(之はピクニツクと称したのであるが一種の示威行進と見られ、昭和二十四年十二月二十日付倉敷市条例第二〇七号示威行進及び集団示威運動に関する条例第一条に反する疑がある)大部分の者は同家の表側や裏側にむしろ、一部の者は同家の周囲の土塀及母家の周囲の各白壁、その他の箇所に後に記すような趣旨の文句を記載した多数のビラを貼りめぐらし(之が違法であることは後に説明する)又他の一部の者は右文之介の母辰野から拒絶されたのにも拘らず、中庭に侵入し同女に対し右豊喜野に面会を強要し、悪口雑言をあびせて喧騒を極めたことが認められる。

又これを困惑に陥入れて間接に争議を有利に導かんとするが如きことは正当な争議行為の範囲を逸脱するものと解する。本件についてこれを見ると、諸般の証拠によれば被告人等は備前興業株式会社取締役相賀文之介に直接面会して陳情するというのではなくして争議に全く関係のない同人の妻豊喜野に面会して争議解決について協力方の陳情を行うと称し、このビラ貼り陳情は原審証人定久登の尋問調書によると争議解決の暁光すら見えないため、戦術会議において会社側に圧力を加える手段として採用されたものであるから、その目的において、その相手方において、その手段において労働争議行為の範囲を逸脱したものであつて法令にもとずく正当な行為とはいい得ない。労働組合法第一条第一項、第二項の規定の趣旨は此処にあるものと解する。又これを一般的の所謂単なる陳情として観察すると、陳情には社会通念上是認された慣習(例えば少数の代表者を挙げて平穏裡に社会的の儀礼をもつてする等)に従うというか、或は又公序良俗に反しない態度、方法に従うというか、自らそこに途がある筈である。しかるに被告人等の採用した目的及び手段が前記の如きものである以上、到底社会通念上是認される陳情とは認め難い。従つていずれの点から見ても、前記被告人等の相賀宅への侵入は不法の目的というに何等の妨げがなく、況んや同家の管理者の一人である右辰野から拒否されたのにも拘らず敢えて同家の中庭に侵入したというのであるから、原判決が前記被告人五名につき住居侵入罪として処断したのは正当である。論旨は理由がない。

更に論旨は前記被告人五名の住居侵入の所為は期待可能性の理論によりても又は不可抗力ないし緊急避難状態と同様に看做して無罪とすべきであるというにある。しかし右主張は当審においてはじめてなされたものであることは記録上明らかであるが、当審は所謂事後審であつて原則として第一審判決の時に立つてその当否を審査するものであつて、原審で主張せられなかつた事実上の主張を当審で新に主張することは法の認めないところであるからこの部分に関する論旨も採用し難い。

検事の控訴趣意第一点について

論旨は要するに原判決には免訴の言渡しをした部分について判決に影響を及ぼすことの明かな法令の適用の誤がある。即ち原判決は被告人等が相賀文之介方の玄関表札及びその周囲の白壁等に百数十枚のビラを貼りめぐらした所為は右の物件が通常の用途の外に特殊の文化的価値を有するものとは認められず、又ビラは直にはがれたのでこれ等の本来の目的に使用することを不可能にしたものとは到底認められないから、器物損壊罪に該当するものではなく寧ろ軽犯罪法第一条第三三号の罪に該当するものとしたが本件の如く百数十枚のビラを邸宅の内外に貼りめぐらすが如き所為は当然に刑法の器物損壊罪に該当するというにある。よつてこの点について検討するに刑法第二六一条に所謂物の損壊とは物質的に物の全部又は一部を害し、若しくは物の本来の効用を失わしめる行為をいうものと解すべきである。本件についてこれを見るに原審で取調べた証拠を綜合すると被告人等を含む多数の者が相賀文之介方の玄関表札、玄関脇格子窓、玄関東側枝折戸その両側の板塀、奥座敷縁側柱裏側硝子窓、障子窓、邸の周囲の土塀の白壁及び母家の周囲の白壁等に百数十枚に達するビラを貼りめぐらしたこと、右ビラは新聞紙を四つ切にしたものを糊によつて貼りつけたものであること之等のビラはピンに取りつけ又は釘など引つかけたりしたものとは違つてすべて糊で貼りつけたものであるから、前記の各部分が汚損せられその外観を著しく損ねたものと認めるに十分である(記録一四一丁の図面及同一四二丁乃至一五七丁の写真参照)そしてこの汚損の結果が果して刑法第二六一条に規定する損壊といい得ないであろうか。

もとよりこれらの物件は原判示の如く何等文化的価値を有するものではないにしても、所論の如く社会通念上土塀や母屋等の白壁、障子格子窓の如きは単に住居を外部と区劃することのみを目的としているのではなくして人の住居としての威容ないし美観を備え、われわれの生活感情若しくは美的感情を満たすものであつて、これ等も亦それ等の物の重要なる効用であると認めざるを得ない。従つてこれらを汚損し人をして嫌悪、不快の感情を起さす結果に陥ちいれしめ、又は表札にビラを貼り、これを判読し得ないものとすることは、それ等の物の本来の効用を失わしめるものといい得るのではあるまいか。

次に器物損壊罪の目的である物は動産であると不動産であるとを問うところではなく、又その物の価値の如何によつて同罪の成否の左右せられるものでもないから、原判示の如く文化的価値の有無によつてこの犯罪の成否を論じようとするが如きことは一般財産権の保護を目的とする刑法第二六一条の規定の夢想だもしないところと解する。

更に又原判決はビラは直にはぎとることが出来たから、それ等の物の本来の目的に従つて使用することを不可能にしたものとは認められないと判示している。なる程原審で取調べた証拠によると原判示の如く、被告人等がビラを貼つた直後、相賀方の家族において方々のビラをはぎ取つたことは認めることが出来るが、しかし犯人が犯罪構成要件に該当する行為(事実)を実行して所期の結果を発生せしめた後において、犯人の意思ないし行為に全く関係のない他人の偶然な行為によつて、その結果が回復せられたからといつて(但し自然に回復されたものではない)犯罪の成否に影響を及ぼすものとは考えられない。即ちビラ貼りによつて器物損壊罪は既遂に達していると認められるから、原状回復の難易は、この罪の成否に何等の影響をも及ぼさないものと解すべきである(昭和二十五年四月二十一日最高裁小法廷判決、最高裁判例集、第四巻第四号参照、原審はこの判例の趣旨の一部を誤解している疑がある)

最後に原判決は右の所為は軽犯罪法第一条第三三号の罪に該当するに過ぎないと認定するのであるが、軽犯罪法は社会通念上個々人の小規模且軽微と考えられる程度のビラを貼つた場合を処罰の対象とするものであることは疑を容れる余地がない。これに反し本件の如く数十人に余る多数人によつて百数十枚に及ぶビラを住家の周囲の土塀や住家の周囲その他に貼りめぐらすが如き比較的大規模の多衆人による集団犯罪は軽犯罪法の右規定はもとより、刑法第二六一条の規定を以つて律すべきものではなくして、これは正に暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項(刑法第二六一条)に該当する犯罪であると解すべきではあるまいか。

従つて原判決はこの点について法令の解釈を誤つた疑があり、その結果は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決はこの点において破棄を免れない。論旨は理由がある。

同控訴趣意書第二点について

論旨は要するに原判決中無罪の言渡をした部分、即ち公訴事実第二(住居侵入)及び第三(脅迫)の無罪言渡部分について判決に影響を及ばすこと明らかな事実の誤認があるというにある。よつて検討するに

第一、(公訴事実第二の住居侵入の点)原判決は被告人目黒次郎、同浮田正公、同岡輝雄、同湯浅堯昭、同片山光治、同日笠勝雄、同日笠誠吉、同高橋重夫、同三宅正子、同水島仲代が原判示第一の(二)記載の被告人等と共謀の上不法に相賀方邸内に侵入したとの訴因並に被告人等全員が右相賀方邸内において他の組合員多数と共謀して多衆の威力を示し、相賀辰野に対し口々に文之介の妻が在宅しながら面会しないことを難詰して、面会を強請し、同人を畏怖せしめて脅迫したとの訴因につきいずれも犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をしたことは原判決書に徴して明らかである。そして検事は原審裁判所はその公判廷における証人の供述を重視して心証を形成し検事の提出した証拠により十分有罪の認定をなし得るに拘らず、被告人等の弁解を採用して無罪を言渡したと主張するが原審証人相賀辰野の尋問調書の記載、同証人相賀浩気、同安井助次、同松崎きえ子の原審公判調書中における各供述記載、男子被告人全員の原審公判調書中における各供述記載等を綜合すると原審認定の如く被告人目黒次郎、同岡輝雄、同片山光治、同日笠勝雄、同日笠誠吉、同高橋重夫は相賀文之介方に到着後その妻豊喜野に面会するため表玄関に這入り文之介の父浩気と面談しその後辰野が男子組合員と面談することを明らかにして後はじめて中庭に這入るに至つたことが窺われ、同被告人等が右辰野の制止を排除して中庭(邸内)に侵入したことを認めるに足る証拠は存しない。又原審証人岡田仁郎、同別府恵美子の原審公判調書中の供述記載、原審証人藤原一枝の尋問調書の記載、被告人浮田正公の原審公判調書中の供述記載等を綜合すれば、被告人浮田正公が中庭(邸内)に這入つた行為居住者の意に反する不法な侵入と断定することは出来ない。しかも他に原審証人井上八千代の尋問調書の記載を除いては同被告人の住居侵入を認めるに足る証拠がなく、右井上の尋問調書の記載は前記各証拠の取捨選択並に価値判断についても特に経験則に反する等不合理な点は認められないようである。

次に被告人湯浅堯昭、同片山光治の原審公判調書中の各供述記載を綜合すると被告人湯浅が中庭に這入つたのは原審が認定したように辰野が男子組合員と面談することを明らかにした後であることが窺われるから、不法な侵入と認めることは出来ないし、他に同被告人の住居侵入を認めるに足る証拠は存しない。更に検察官に対する福島富枝の供述調書、検察官に対する被告人日笠誠吉の供述調書には夫々被告人三宅正子が中庭に這入つているのを見た旨の記載があるが、右各調書の記載は被告人日笠誠吉、同三宅正子、証人福島富枝のこの点に関する原審公判調書中の供述記載に対比して原審の措信しなかつたところと考えられ、この部分について記録を精査するも之又採証法則の違背等不合理な点は発見出来ない。又検察官に対する三浦千代子、永橋経子、岡本明治の各供述記載には夫々被告人水島仲代が中庭に這入つているのを見た旨の記載があり、且右三名は原審において証人として右の記載を結局肯定しているけれども原審はその内容並に証人の供述方式から見ても、その証明力が薄弱であるとしてこれを措信しなかつたものではないかと察せられ却つてこの点に関する被告人水島仲代の原審公判調書中の供述記載及び検察官に対する同被告人の供述調書の記載、即ち同被告人の供述として私は相賀方へ行つてが皆がビラを貼り出したので私も裏の障子に三回ビラを貼つたが若奥さんがそのビラを貼る都度はぎとつたので私も癪にさわり裏側の壁に 枚位ビラを貼つた。赤木さんが糊をつけてくれたのでそれを私が受取つて貼つて行つた。このようにして私が表に廻つた時には中庭の方で男の人が四、五人年寄の奥さんと何か話をしていたが私は中庭に這入つていない。私が表に行つた時には既に女の人達は中庭の板塀より外へ出ていた旨の記載が寧ろ理路整然としているので原審はこれを措信し採用したものと考えられ、その証拠の取捨選択並に価値判断についても経験則に反する等不合理な点は見られない。従つて被告人三宅正子、同水島仲代が右枝折戸から中庭に這入つたことについてはいずれもその証拠が不充分である。そこで問題は前記被告人等間の共謀ないし、同被告人等と原判示第一の(二)掲記の被告人等との間に共謀の関係が成立するか否かである。此の点について検討すると原審証人定久登、同日笠要造の各尋問調書、原審証人平井脩博、同宮川忠善の原審公判調書中の各供述記載を綜合すると被告人等の所属する組合においては本件争議の指導をあげて全繊同盟に委任したので争議に関する一切の責任は右同盟において負うものとし、被告人等組合員は忠実にその指導に服すべきものと理解していたものではないかと察せられる。そして前記ビラ貼り陳情も右同盟の指導にかかる戦術であるが、その指導にあたつてはビラ貼りが非合法であること等の点は看過しているけれども陳情にあたつては合法的手段に訴えることを配慮して指導しているから被告人等組合員のすべての者が右同盟の指導者の内面の意図について右同盟の指導に従つている限り、陳情は許されたもの、差支えないものと解して相賀方に出向き前記中庭への侵入行為の如きは被告人目黒外男子被告人数名が相賀宅表玄関において文之介の父と面接中、同人等に無関係に全く偶然の機会、成り行きによつて発生した行き過ぎの所為と推測せられないこともないから、被告人等相互間において意思相通じて中庭への侵入を敢えてしたものの、即ち被告人等の共犯関係を肯定し得べき証拠は十分ではないが、しかし被告人等は一団となり大挙して相賀邸に陳情に赴いたものであるから、全然相互の意思の連絡がなかつたものとも断定し難い。従つてこの点について原審はなお一層の審理を尽すべきであつたに拘らず、たといここに出でないで被告人目黒次郎、同浮田正公、同岡輝雄、同湯浅堯昭、同片山光治、同日笠勝雄、同日笠誠吉、同高橋重夫、同水島仲代、同三宅正子に対する住居侵入の点について無罪の言渡をしたことは審理不尽に基く事実誤認の疑があり、この誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点についても破棄を免れない。

第二、(公訴事実第三の脅迫の点)原判決は検察官に対する被告人岡輝雄、同日笠誠吉、同高橋重夫、同浜田ノブ子、同川上サガミ、同吉田純子の各供述調書、証人相賀辰野の尋問調書、検察官に対する中桐ヒロ子、高取昌子、荒川律子の各供述調書、証人清水アヤ子の尋問調書、証人相賀豊喜野の公判廷における供述を綜合すれば被告人等の一部を含めた約二、三十名の組合員が相賀方中庭において辰野に対し同人が文之介の妻豊喜野が現に在宅しているのに拘らず不在だと称して会わせなかつたことに憤慨し、相当やかましく騒ぎたて中には悪口雑言をいうものもあつたということは容易に認定出来るがこれ等の証拠によるも、右多数の組合員の口にした言葉自体が直ちに脅迫罪に所謂害悪の告知であると断定することは困難である。そこでこれ等多数の組合員によつて醸成された所謂気勢、或はその場の雰囲気が果して人を畏怖させる程度の害悪の告知に相当するものであつたか否かについて証拠を検討すると、証人相賀辰野の尋問調書に「工員達は相当荒い権幕で私は体も弱いしさからえばどのようなことをされるかも判らん」と思つた旨の記載があるが、同人の同調書中の他の部分の供述記載及び原審証人小野武志、同岡本美保子、同三浦千代子、同中川富美子、同永橋経子、同福島富江、同相賀浩気の原審公判調書中の各供述記載を綜合すると、右中庭における組合員の所謂気勢ないしその場の雰囲気は人を畏怖させる程度のものであつたとは到底考えられないと判示し、結局原判決はこの点は証拠不十分で無罪だとしている。そこで此の点について判断すると先づ第一に脅迫罪における脅迫は、相手方に対して何等かの害悪が加えられるかも知れないという危険を感ぜしめる如き手段を施し、相手方がこれを知つた事実があれば足り必ずしも言語その他の方法で相手方に害悪を加うべきことを通告する要のないことは勿論右の手段は客観的に見て一般人が畏怖の念を感ずる程度のものであれば十分であつて具体的に相手方において畏怖したことは必要でない。

然して、暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項に規定する脅迫は集団を構成する個々の人の言動を個々に分別してこれを評価するときは、未だ独立した害悪の告知とするには足りないとしても、集団を構成する個々の人の言動を集積し、合同した力を客観的に観察すれば一種の威力を感ぜられ、害悪の危険を感ぜられる程度に達すれば足るものと解する。そして原審において取調べた証拠を綜合すると、本件は個人対個人の関係ではなく、多数人の集団と個人との関係である。即ち被告人等は労働争議の一翼として原判示会社の取締役にして同会社上伊福工場長である相賀文之介の私宅に出向いて同人の妻に面会して争議解決に協力方を陳情するという名目の下に被告人等を含めた同会社茶屋町工場の男女従業員百四、五十名が原判示場所にある相賀方に赴き、一部の者はかねて用意して行つた新聞紙四つ切に「備前興業の重役の相賀さん私達の要求を早く解決して下さい。」とか「相賀重役殿私達の正当の要求を速く解決して下さい」等と記載し、これに全繊同盟の名を記入したビラを同家周囲の白壁の土塀、母屋、離座敷、物置の周囲の白壁、表玄関、玄関脇格子、表札、奥座敷、縁側及び柱、裏側硝子窓及び障子窓その他に百数十枚貼りめぐらし、なお同様のビラは既にその前二回も数十枚宛同家の周囲に貼りめぐらし、特にその前日の分のビラ中には「シ子身中の虫は相賀か、我々はこれを叩かん?全繊同盟」と(記録一三六三丁裏)記載したものもあり、又当日大部分の者は同家の表に待機し、十四、五名の者は同家裏側に廻つて共に右文之介の妻の逃避を監視するの態勢をとり(例之記録一〇七三丁吉本利枝の検事調書参照)被告人目黒外男子被告人等五、六名の者は表玄関において文之介の父に面接して文之介の妻豊喜野に面会を求めたところ、不在だとして拒絶せられたが、その交渉中女子被告人等を含む三十名前後の女工員は文之介の母辰野の拒否するのも構わず中庭に侵入し、交々豊喜野に対する面会を強要し、辰野が豊喜野は不在だと称して容易に応じないと見るやこれに憤慨し奥さんは居る? 奥さんを出さねばかえらんなどと交々と面会を強要して相当やかましく騒ぎたて、中には鬼婆等と悪口雑言をあびせる者もあり、遂にこれに屈した辰野は男の代表者をあげてくれれば豊喜野を出そうということになり、女工員のすべては邸外に退去し、右玄関にいた組合幹部である被告人目黒、同浮田、同高橋、同岡、同日笠(勝)等が代表として中庭に這入つて豊喜野に面会の目的を遂げたことが窺われる。そして前記のビラ貼りに陳情は前段で説示したように本件労働争議を指導した全繊同盟の決定した戦術であつて、争議解決の暁光すら見えないので、その解決の促進を図るため会社側に圧力を加えることを目的としたものであるという。もとよりその圧力は合法的にというのであつて、前記の如く辰野の拒絶するにも拘らず中庭に侵入するというが如きことは予想だもしなかつたところではあろうが(但しビラ貼りなどが非合法であることは顧慮していない)圧力を加えるというからには文之介その他重役の私宅に対する多数のビラ貼りによつてこれ等の者の家族に対し嫌悪、困惑の念を起さしめ、これに加えて大挙して私宅に赴いてその家族に対し集団の威力を示して不安の念を起させ、会社重役及びその家族に対する心理強制を目的としたものと察知するに難くない。

従つて相賀宅に出向いた組合員の人数ビラ及びビラ貼りの状況、中庭その他における多数組合員の言動等諸般の状況と前記の如き背後の指導団体とその戦術目的とを綜合して観察すると積極的には悪を加える告知がなされた形跡は存在しないとしても、当時の雰囲気は原審が措信し得ないとして排斥した右相賀辰野の証人としての「畏怖の念を感じた」とする供述の如く人をしてその威力を感じ、如何なる事態に立ちいたるやも知れないもの、即ち畏怖の念を感ずる程度のものであつたと疑うに十分であると認められるから原審はこの点について更に審理を尽すべきであつた(仮りに然りとするならば被告人等において前に説示したように争議指導者のビラ貼り陳情の真の目的を理解し、相手方をして畏怖の念を起さしめることについての認識を有していたか否かについても亦審理を尽すべきである。

然るに、ことここに出でないで、被告人等の所為は人をして畏怖せしめる程度のものであつたと認めるに足る証拠が十分でないとして、この点について無罪の言渡をした原判決は結局暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項の罪(脅迫)は個人間の関係ではなくして前記の如く集団と個人との間の関係であることを看過してその解釈を誤つたか、或は審理を尽さず、若しくは証拠の取捨選択並に価値判断を誤つて事実を誤認したかの違法をおかしたもので、この結果は判決に影響を及ぼすことが明らかであるからこの点についても原判決は破棄を免れない(なお脅迫に関する暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項の罪と器物損壊に関する同法律第一条第一項の罪ないし住居侵入罪の関係につき検討の要がある)よつてその余の論旨に対する判断を省略し刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八〇条第三八二条第四〇〇条本文を適用して主文の通り判決する。

(裁判長判事 宮本誉志男 判事 浅野猛人 判事盛麻吉は転任につき署名押印することができない。裁判長判事 宮本登志男)

<以下省略>

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